2008年06月08日

「地球の上に生きる2008」

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今日は新宿の高野ビル4階へ写真展を見に行きました。

朝、新聞で発見した『地球の上に生きる2008 DAYS JAPAN フォトジャーナリズム写真展』。

武装した警官隊に一人立ち向かう僧侶、痩せこけてしまったエイズ患者のシャワーを浴びる背中、盗みを働きライフルで殴られた少年、温暖化が進み洪水で家を無くした人々・・・。

実際に、一枚、一枚、写真の前に立つと、被写体を前に写真家の方たちが感じ、必死で伝えようとしているメッセージ、恐怖や怒りや悲しみが深く静かに胸に突き刺さってくるようでした。


そのうち私はきっと、日々の生活に追われ、ここで感じたことは時が経つにつれて薄れていってしまう・・・。

でも彼らが仰ぎ見る空と、私たちが見る空は繋がっている。

少なくとも、そこで起こっている現実を目を背けずに受け入れ続けられる自分でありたい。
posted by miwa at 01:10| Comment(4) | TrackBack(0) | 日記
この記事へのコメント
応援してます。がんばってください。それではまた(^-^)o
Posted by しか at 2008年06月08日 01:23
政権が不安定な国、貧困国に生まれるか、先進国の、それも裕福な家庭に・・・。同じ人類でも、生まれた場所によって、経験する人生が随分と違いますね。でもね、世の中で、セレブなどと呼ばれている人たちを見ると、こちらまで何だか情けなくなってきます。一方では、貧困下、生きる為、犯罪に走ってしまう子供たちも。それは、生物としての自然の姿なのかもしれませんが、人間としてあまりにも悲しすぎます。人間を人間たらしめているのは、やはり教育なのでしょう。大人になってからの自己学習も含めて。ただ、先進国にだって、人間未満の人々は掃いて捨てるほどいると思いますが・・・。後進国が不幸なのは、そんな教育の機会さえ与えられていないというところにあるのでしょう。たとえ、どんな悲惨な状況下にあろうと、人間の尊厳というものを守り、そして死んでゆく人もいます。たとえそれで死んでいったとしても、そこに悲しみはない、と思いませんか。自尊心さえ、資本主義に売り渡してしまった人々、そんな惨めな人々のほうがよほど悲しいと思います。どんな辛い境遇にあっても、誇りを持ち続けることはできる。そんな人たちは、人間として、圧倒的に誇らしい人生を送ることができるのだと、痛みや苦しみとひきかえに尊い人生を手に入れることができるのだと思います。死、そのものは不幸じゃない。美和さんの記事を読んで、そんなことを考えました。
Posted by at 2008年06月08日 23:52
バレエ以外のことでもいろいろと勉強されている美和さん、
日頃の蓄積を踊りにも反映され、
よりよい舞台を務められることを期待しています。
去年はオペラのカルメンに見にいらしていたのも
お見かけしましたよ♪
Posted by Iris at 2008年06月09日 01:38
写真は、ミャンマー軍政の弾圧を取材中殺された日本人カメラマンを写したものですね。ミャンマーといえば、映画『ランボー、最後の闘い』が上映中です。例によって、自国民を平気で殺す軍政に怒りが爆発、乱暴者ならぬ派手な立ち回りを演じてしまうのですが、一番の驚きはラストに訪れます。
ランボーが故郷のアメリカ中西部に帰り、父親が経営する牧場への道を、ただひたすら歩いていく姿で幕引きとなります。それはあたかも、イラク戦争に疲れきった米国に、足元を見つめ直せともいっているようなのです。
同じくトム・クルーズ主演の『大いなる陰謀』も同じ範疇に属すると考えて良いでしょう。対テロ戦争の新作戦を主導する陸軍士官学校出の上院議員、それを特ダネとしてリークされた女性記者。新作戦の犠牲となる黒人、ヒスパニックの若者、そして彼らを教えた大学教授…。ロバート・レッドフォード製作らしく、一流俳優を揃えてチョー真面目な映画。
さて、民主党リベラルの黒人オバマ氏と、共和党本流の穏健保守マケイン氏の対決となる今年の米大統領戦。北京五輪以上に面白いかも。ちなみにテレビ・映画ではすでに黒人大統領は誕生しています。(ドラマ『24』や『ディープインパクト』))^o^(
Posted by 理楽熊郎 at 2008年06月09日 16:01
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